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2013年6月 1日 (土)

きれいにするために法律が作られて、僕らはまた息苦しくなっていく。

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写真は、ここ1週間に犬の散歩コース(家の周りおよそ1キロ)に落ちていたゴミです。
半年ほど前から拾っていますが、相変わらず落ちています。
毎朝写真に撮ってFacebookに挙げたり、吸い殻を用いて「すこしアートっぽいこと」して続けるためのモチベーションを高めています。
ゴミの写真をお見せするなんて、皆さんの朝のさわやかな時間にお目め汚しをしてしまい申し訳ないと思っています。
そんななか、ありがたいコメントを頂戴することもたびたびで、本人あまり考えずにやっていることなので恐縮してしまいます。
ポイ捨ては都会、田舎関係なく多いことが車で走っていてもテレビを見ていてもわかります。
先日ニュースになった摘発された六本木のクラブ前にたむろする若者を捉えた映像で目を引いたのは足下に落ちるおびただしい量の飲食物の”ゴミ”。
田舎の林道のゴミ捨て禁止の看板下に捨てられた家庭ゴミらしきコンビニ袋に詰められた”ゴミ”。
「捨てる」ということを悪びれず自然にしてしまうヒトのなんと多いこと。
「これではイケナイ」と、最近は各地で条例が作られたりします。
いわゆる罰金罰則でゴミ捨てを抑制すること。
15年ほどになるでしょうか、僕の住んでいる町にカルト宗教団体の施設が出来ました。当時、それはもう周辺住民の大反対で追い出しにかかり、見事?そのカルト教団はこの地から撤退しました。
これについて、当然「よかった」という安堵の気持ちはありましたが、本当にこれで良かったのだろうかという思いも絶えずありました。
だって、追われた人々は、またどこかに棲家を作るんだもの。
堂々巡り。
その場だけよくなるが、ちっとも本質の改善につながらないこと。
そんなことが、ゴミのポイ捨てやそれを取り巻く社会の構造にも感じるのです。
じゃあどうするんだ。と問われても今の僕には解決策なんてうかばないのですが...。
でも、「追い出す方法」では、なにも良くならないことは周知の事実でしょう。
「きれいにするために法律が作られて、僕らはまた息苦しくなっていく。」
毎日のゴミ拾いも、落ちているとため息もでますが、拾うことによって道にゴミがなくなるわけで、そんなことだけでいいと、いま思いながら拾っています。
ゴミが少なければ、それ自体がまちを薄ら寒くしている警告看板を立てさせないことにもなりますし。
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