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2011年3月21日 (月)

節電のとき

日本の電力事情を考えると、原子力は不可欠だという。

しかし、震災と津波による福島の被害は、たとえこれ以上の被害が出ないで「危機的状況でも大丈夫だった」としても、沈静化させるまでの労力と不安感を考えれば今後も最善の燃料政策ではないことは明らか。

いま、節電が叫ばれている。僕の地域も、我が家でも、普段よりずっと電力使用量を減らす努力をしている。いままで付けっぱなしだったコンセントを抜いておく。電子レンジは極力使わない。暖房は、灯油ストーブをメインにファンヒーターやエアコンの使用を最小限にする。

照明も、いままでより気をつけて灯す。

町もそういった状況で、夜は、かなり暗い。

しかし、暗い中灯るほのかな店の明かりがとても良いのだ。「町の明るさはこのくらいでもいいのではないか」とも思う。僕たちは、いままで湯水のように電気を消費してきた。にぎやか過ぎるほどの明るさが町に溢れていた。                                     隣より明るくすることでエスカレートしてきた町の無秩序な明かりに馴れきっていた環境をこれからでも変えていくことで「そんなに明るくしなくてもいいんだ」とみんな気づいたら、電力を始めとした地球資源を大切にする第一歩にもなる。

最近ますます高性能を謳う建築も、今後は自然環境を積極的に取り入れながら、いかに自然と向き合って作るかが問題となろう。

現代ではばっさり切ってしまった智慧・・・深い軒は夏の直射日光を遮り風を呼び込むし冬の暖かい日差しを届けてくれる。ひなたぼっこができる広縁はふれあいの場でもある。自然と向き合って生きてきた先人の智慧が今こそ生きるときでもあるのだ。

加藤誠洋

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