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2011年2月27日 (日)

走ることは走ることで

きょうは東京マラソンの日。

僕は、生来のくじ運のなさから当然のように前回今回と2回抽選から漏れている。大都会の真ん中を走るって気持ちいいんだろうなと想像する。いつかは走りたい。

昨日は、一人で(いつも一人ですが)ハーフ(21.0975kほど)を走った。タイムは1時間54分。

ランニングを始めて3ヶ月目で走ったハーフがゴール後バテバテで1時間59分だったことを思うと、今回はゴール後かすかに余裕があっただけに2年間の成長にかるく感動。

「軽く走った」とはいってもさすがに普段の倍以上の距離をこなすと脚にくる。とくに、最近始めた”フォアフットランニング”のため、ふくらはぎが筋肉痛の今日なのであった。

しかし、大人の”キンニクツウ”を理解し得ない子供はそんなこと許しちゃくれなくて、「海に行きたい、浜遊びがしたい」という。「さむくてできん」といったら、「山登りがしたい」という。そんなわけで、すこし痛い足をこらえて筑波山登山。大変だったけどたくさんのファッショナブル”山ガール”さんに挨拶してもらえたのでよしとした...。

それにしても走り続けていて、「走ることは走ることで走れるようにすること」が大切と感じるようになった。「速く走るためには」いろんなトレーニング方法があるし、そのほうが早く走る近道のようだ。しかし、やはり走ることは走ることによって走れるようになりたいと僕は思う。なぜかって、そのほうが走ることによってしか変わらない”変化”の理解が出来る。つまり自分に理解と納得をさせられるからに他ならない。

かくして僕が走ることによってうけた恩恵のひとつは”そのもの”から上達するのが自然じゃないかと思うようになったということだろうか。40半ばのオジサンが言うのもなんだが、自分にとってとても大きな発見をこの歳で見つけた気がする。

加藤誠洋

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