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2010年3月

2010年3月31日 (水)

今日のおべんとう

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おにぎりに菜の花。花見弁当っぽく。

羽部

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2010年3月30日 (火)

今日のおべんとう

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春です。
芹ごはんにからし菜の漬物。(芹は知り合いが河原で摘んだものをいただいた)
芹の胡麻あえ。オリーブの塩漬。(今はまっている)

今号の暮しの手帖。
徒歩紀行というコーナーで水戸が取り上げられています。
私の好きなマルショウパーラーがページ一面を飾っていたり、
加藤さんが気になっているかわいい暖簾の食堂があったり。

マルショウパーラーははじめて行ったとき、初めて行く店の緊張感より
安堵感が勝った思い出があります。
私のその時の気持ちとお店の相性がぴったり合ったときだったのかな。
ホットケーキを食べたくなったとき、そのときの安堵感も思いだします。

羽部

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信楽いろは

28日

今年の信楽ACTで、僕たちのグループ”POSTO”は「信楽いろは」と題した「いろはかるた」の制作をすることになって、少し前からそのための取材で信楽に赴いたり、グループ間のメールや電話のやり取りで準備を進めている。

きのうは深夜までかかって「いろは47文字のことば作り」。4人で分担して書いていた言葉が、摺りあわせをしてみたら統一感がなく、どうもしっくりこないので、自ら申し出て、言葉を再構成し、それにあわせて写真の入れ替えも行ない全体にまとまりを持たせた。気がついたときに出来る人がその責を負えばよいのだと思う。今回は僕が気がついて、「できる」と思ってしただけのことである。ことばや写真の急な変更で迷惑をかけたけど、それもこれも後悔しないような出来にするため。

だんだんと細かい部分の詰めに入ってくるとお互いの意見のぶつかり合いも出てくる。体を動かしているわけではないのにとても体力を消耗する。最終的に「より良いもの」の考えの統一が難しいのはお互いの想定するターゲットやデザインに何を期待しているかにもよっているのだ。意見を通すことは、いかに理路整然と自分の考えを述べることが出来るかにもかかっている。

「信楽いろは」は、「まちのみかた」的な見方、つまり外部目線で「まちを切り取る」方法を持って、町に溶け込んでいくことを目指すカードです。       近いうちにアップする「まちのみかた栃木市の100」にも通じるので、作業自体とても参考になってます。

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あまりにも頭を使いすぎたせいか、夜に高熱が出て倒れる。

加藤誠洋

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2010年3月28日 (日)

いろはにほへと フレンチプレス

27日

昨日の日帰り関西の疲れも手伝い、少々体調を崩すも、本日は水戸での専門学校講師会。

来年度の授業内容や新しくなる教務スタッフや講師の紹介やらで、出ておかなくてはならなくて、朝、家を出る。

終了後、久々BLACKBIRDに立ち寄り、新商品のフレンチプレスでコーヒーをいただく。コーヒーがまるごと全部出ている飲み応え。好みが分かれるところだろう。

きょうは、小平さんのオープンハウスにもお邪魔した。会場に着くと、見学者は知った顔の同業者多数で、近況を語り合う社交場と化す。建物は、つくば市内の分譲地に建つ住宅。いつも感心させられる空間の切り取り方であるが、今回は、特にシャープさが増したように感じるのは緻密に計算されたプランとセクション(断面)のバランスがとても良いからに他ならない。刺激になる。

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夕方帰宅後、疲れて眠る。

その後、起きるとちょうど油伝の小池さんが頼んでおいたお味噌を持ってきてくださり、しばし談笑するも、寝起きで頭が回わらず会話がぶつりぶつり。

食事後、上野さんと電話で打ち合わせをしてから、夜中までかかって信楽のデータを整理し”信楽いろは”が仮完成。統一感を出すために再構成をする。勝手に直してごめんねメールとともにメンバーに送信。

きのうの出来事を書こうと思ったのに今日の分で精一杯。

加藤誠洋

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2010年3月27日 (土)

信楽 京都 日帰り

26日

信楽まで、イベント用の写真を撮るためとんぼがえり。

寒い!信楽は雹(ひょう)が降っていた。

帰りに京都によって”アスタルテ書房”で本を物色し”スタンド”で暖まった。

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きょうはもう寝ます。続きはまた明日。

加藤誠洋

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2010年3月25日 (木)

雨 寒い 春

25日

午前中、古河歴史博物館へ、もうすでに展示されている模型のチェックに行く。

学芸員さんの話では、模型は子供たちに「わかりやすい」と好評らしい。展示もとても良い場所においていただいていて、360度見回せる。「さすが模型の展示方法をわかっているな」と感心する。

午後、信楽視察のための資料の検討。なにせ短い滞在時間で成果を挙げなくてはならないので、事前準備を周到にする。

加藤誠洋

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2010年3月24日 (水)

しがらきACT2010

信楽ACTのお知らせです

今年も”POSTO”の一員として参加します。

信楽ACT2010「窯元がみせる日常.アーティストがつくる非日常。」は、4月2日から5日まで、信楽にて開催です。

3日にはcafe awaisaにて、レクチャーも予定しています。

今年は「信楽いろは」と題し、POSTOの目線で切り取った信楽をいろはカードにして発表します。

他のメンバーがすでに信楽で取材をし、着々と準備を進める中、遅ればせながら、僕も今週信楽に行ってきます(日帰りで)。

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加藤誠洋

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大谷工作室

案内をいただいていた大谷工作室さんの個展にお邪魔した。

大谷さんは、滋賀で活躍する陶芸家。僕の好きな作家である。

今回は、大きな窯を借りられたそうで、作品も巨大化。いつもの「掌でこねくり回した作品」もいいけど、大きいのもイケテルのは確かな造形力あってこそだ。

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どのくらい大きいかというと、このくらいである。(モデル:大谷さん)

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今回僕は、「犬壁掛け」を入手。早速事務所に飾る。

ところで、びっくりしたことがひとつ。

中銀住人が、第2のアジトとして通うainsophの内装を手掛けたのが大谷さんだったのだ。

ツナガッテイル。

加藤誠洋

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デザイン

デザインについて。

デザインの意味を勘違いしている人が多い。

デザインとは表層のかっこよさだけではない。使い勝手や質感、理にかなった適切な方法などを満たし、且つ愛着がもてて、ロングライフに耐える資質を持つこと、つまり人生にとって生活を豊かにしてくれる良き伴侶なのである。

デザインによい悪いは存在しない。デザインはデザインなのだ。

加藤誠洋

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近代建築を評価できるか 

21日

年に一度の恩師を囲む会「河東会」。

今年は、幹事役として「丸の内周辺の近代建築を見るツアー」を企画。

案内を、恩師にお願いする贅沢企画。                                    師自らが関係した「三菱一号館」を皮切りに1時間半ほどうろうろ。

それにしても丸の内周辺の近代建築を歩き、あらためて近代の建築物を残していくことの難しさを知る。

その後の懇親会でもそのことが話題に出る。

師は、「この国に浸透していかない建築文化の原因の一端が建築のアカデミー内にあり、社会においては発言力の小ささが問題」とし、一例として、「専門家をもってしても中央郵便局の価値が伝えられなかった事態」を「学者の大きな責任」と言い切る。

確かに印象批評がすべてを物語ることもあろうとは思う。しかし、残すということは、きちんとした評価軸が確立しなければ、近代建築は今後ますます姿を失っていく。情緒に流されない「保存学」がいま必要になのだ。

ところで、参加者の近況報告の中で特筆は、調査でもご一緒している「頼れる先輩」の岡田さんであった。                                        来年度、栃木県教育委員長に就任する。

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加藤誠洋   

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2010年3月23日 (火)

謝辞 祝辞 卒園

20日

娘の卒園式に参列。保護者会会長の役も今日で卒園。最近の忙しさから、卒園式の謝辞も当日の朝考えるという事態ではあったが、何とか間に合いほっと一息にて参列。

しかし、式の最中に、式次第から自分の担当が「謝辞」でなく「祝辞」であることが判明、すでに次にまわってくる「祝辞」。残された時間はあと3分。周りは親に先生に娘を含む園児たち。へまは出来ない、まさに絶体絶命のピンチ。

お陰で、式が始まり緩みそうになっていた涙腺が、手のひらの冷や汗に変わる。

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卒園おめでとう、凛。

即興「祝辞」は、「ともだち」について、話をした。

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謝恩会でいただいたお花。バックの絵は、自宅食堂に飾る「粛粲寶(しゅくさんぽう)」。

悲しい出来事もあった。

夜、49の若さで突然亡くなったいとこの通夜に参列。親しみやすくいい人だった彼に1000人以上の悲しむ姿。一日の緊張も手伝い、涙。

加藤誠洋

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2010年3月21日 (日)

大谷工作室

滋賀の「大谷工作室」さん。

東京での作品展案内が届きました。

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加藤誠洋

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納品 

19日

古河歴史博物館へ、「奥原晴湖展」で展示する「熊谷画室復元模型」の納品に行く。

この1週間、平均睡眠時間3時間をもって、模型は何とか展示できるまでにこぎつけほっとする。なにせ、復元考察をしながら模型を制作したので、最後まで、判断のつきかねていた屋根形状に至っては完成予定の3日前に確定させたなど、綱渡りの状況。

お陰で、熊谷画室の平面構成をじっくり見ることができた。女傑晴湖自身が指揮を取ったとされる普請、南画家・文人としての住居としても興味が尽きない。

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上の模型も展示されている「奥原晴湖展」は古河歴史博物館で20日から始まっています。

加藤誠洋

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行方 模型 エリザベス

18日

来年度の授業内容の視察で茨城県行方市を訪れる。

市の担当者と商工会のエリザベスに案内をしていただきながら市内を散策。

行方は、霞ヶ浦の東に位置をし、江戸期は麻生藩の陣屋があった歴史ある町。

最近は”アメリカなまず”を用いた行方バーガーが有名。

”2匹目のなまず”を狙ってか新商品も続々登場。

その仕掛け人の1人が商工会のエリザベス。ブログは、現在の行方の状況がもっともわかると評判らしい。

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加藤誠洋

    

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2010年3月18日 (木)

ノーランニングデイ

17日

終日模型制作。

期日を少し延ばしてもらって、なんとか完成が見えてきた。

「梅林がある庭だから、梅の花を咲かせよう」という僕に、「梅の季節に茂っていない樹木も茂らせるんですか?」というもっともなハブの意見に数秒立ち止まるも、「華やかでいいじゃん」と開き直る。

模型は古河歴史博物館で20日から開催の「奥原晴湖展」で展示。

さっ、もう一仕事。

加藤誠洋

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2010年3月16日 (火)

模型 敷地つくり

15日

模型制作期限も残すところあと少し。

少々焦り気味である。

ということで、きょうはこれまで。

加藤誠洋

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2010年3月14日 (日)

縁起物、家相

それまで、一部の特権階級のみで重用されてきた家相は、江戸時代後期より庶民の間にあっと言う間にひろがり、あまりに流行りすぎて明治期に禁止令が出たほど。

現在でも家相や風水で家を診断してもらったり、アドバイスをもらうことは多くあります。

とかく僕ら設計者の間では評判が悪い家相見。なぜか。それは、設計者が考えてつくったプランを勝手に変えられるからではなく、家相として見る家の間取りの方法の根拠がもともと曖昧だからに他なりません。

一般的に、家相は家の中心を決めてから家相盤(360度の分度器のようなものに室名と吉凶が書かれている)などを用いて、各部屋をどこに配置すれば良いか判断します。しかし、家の中心の決め方が対角線をもちいたり、主の座る位置だったり、大黒柱の位置だったりとさまざまだったり、北を定めるのも磁北か真北かその家相見の経験や流派(流派があるんですよ)によってもさまざま。なので、一概に「家相を見てもらった」といっても、見てもらい方によって、吉が凶になったりするのです。

だからといって僕は家相を否定はしません。皆さんが、一種の縁起物と思って見てもらうことで、精神安定に一役買って、そのことで、明るく毎日が過ごせるなら、見てもらえばいいとおもいます。

ただ、以上のことを踏まえて、なおかつ安くない鑑定料を支払っても見てもらったほうがいいと思えればの話です。

著名な建築家で家相の研究家としても知られた清家清さんは、設計者がきちんと考えた家ならば「家相は必要ない」と言い切ります。家の風通しや日当たり、地域の気候などを考慮して設計された家はそもそも「家相」がいいものなのです。

加藤誠洋

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2010年3月13日 (土)

空港 まちづくり 座談会

11日

朝、走る。30分51秒

今年度最後のまちづくり委員会出席のため水戸へ。途中、岩永さんを乗せて、常盤道経由で北関東自動車道へ入る。きょうは”問題”の茨城空港が開港で、道路にやたらと看板が目に付く。車中は、いつものとおり岩永さんと楽しい会話。「空港から飛行船を飛ばして茨城遊覧すればいい」とは岩永さんのアイデア。そうだ、茨城には”ツェッペリン号”の歴史があるのだ。それにしても飛行船に乗って空からゆったり景色を眺めたら気持ちいいだろうな。

まちづくり委員も4年間活動をしてみて、可能性や限界が見えてきた。何人かには引き止められているけれど、今年度で役を降りるつもりでいる。念のために言っておくと、大変だからやめるのではなく、茨城県建築士会そのものの転換を別の角度で期待するためだ。

不在中、博物館関係者が「奥原晴湖展」のポスターを携えて来事務所。オーナミ君も風邪でダウンしており、模型の進行状況を見せられず。

お知らせ:4月11日に「つくば田園生活研究会」主催による「田園生活座談会」において、加藤が話をします。今回は、「まちのみかた」ではモデレーターに徹する加藤本人が、つくばの「まちのみかた」を紹介します。いわば「出張」。

興味のある方は、ご連絡ください。

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加藤誠洋

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2010年3月11日 (木)

宿酔い 信楽 奥原晴湖

10日

昨晩は水戸泊。宿酔いで優れない気分に鞭打って帰宅するも午前中は仕事にならず寝込む。それにしても宿泊代の価格破壊は進んでいて、僕が水戸で泊まる宿は一泊素泊まりで3,000円ほど、朝食付きでも3千円台である。2日続けて水戸に用事がある場合、交通費だけをみれば泊まったほうがはるかに安いのだ。個人的には宿泊代の安さはありがたい。しかし最近の水戸は、このような”格安宿”にしなければ経営が立ち行かない宿が多くなったようで、価格競争の様相を呈している。安くしなければ宿泊客が期待できないとしたら、水戸のホテルも危機的状況に来ている。

それにしても、今回は時間と謝恩会の場所の都合でBLACKBIRDに立ち寄れず残念。

信楽ACTの準備も着々と進んでいる。先に信楽視察を終えたメンバーからの報告によると、今回はいろいろな関係先を取り込んで、より一層信楽に関係の深いイベントを打てそうだ。僕も今月中に視察に行き写真をバシバシ撮ってくる。

午後

建築士会まちづくり委員会が発行するまちづくりガイドブック『常陸の国の昔のいえ』~県北八溝山麓編~の最終確認のメールを送る。

展覧会模型資料が博物館より送られてくる。次々と資料の提供を受け、復元模型は、リアリティを増す。「奥原晴湖展」は3月20日より、古河歴史博物館にて開催。ウチは熊谷にあった晴湖自邸(現在一部が古河歴史博物館前に「繍水草堂(しゅうすいそうどう)」として移築復元)の復元模型を担当しております。

加藤誠洋

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2010年3月10日 (水)

雪 水戸 卒業おめでとう

9日

朝、走る。少し腰に違和感があるのでゆっくりと34分07秒。

その後、講師をしている専門学校の卒業式に参列のため水戸へ。

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ホテルの”しゃけとイクラ”のようなシャンデリア

希望に満ちたみんなの顔を見てこちらも元気をもらう。

式後、卒業レセプションを経て、授業を受け持っていたクラスの謝恩会に出席。外では雪の降りしきるなか、温かい雰囲気で、3次会まで付き合う(さすがに3次会のカラオケは、寝てたけど)

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みんなありがとね~

加藤誠洋

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2010年3月 9日 (火)

ワンワンワン捕獲大作戦

8日

朝、走る。29分22秒

ハブは無類の犬好きである。以前、国道バイパスをとぼとぼ歩いていた生まれたばかりの子犬が「轢かれるとかわいそうだ」という理由で、いったん事務所に戻ってからいても経ってもいられずに引き返し、保護して家で飼っているくらい犬好きで、もう一匹いる犬の2匹と、毎朝散歩してから出勤してくる。

そんな彼女のお気に入りは「きょうのわんこ」で、好みのわんこが出た日には、事務所の話題はまず「今日のわんこ」独演会も珍しくない。

実は今日、ウチに犬が迷い込んできた。生後2ヶ月(推定)くらいの子犬。車庫にちょこんと座っていた。なんとも愛嬌のあるかわいい犬で、10年ほど犬を飼っていない我が家も、居ついたら飼おうかなとおもい、餌を与えてみた。がかなり警戒して近づくと逃げてしまう。

「とにかく捕獲しないと、車に轢かれたら大変」とハブが挑むも、犬に咬まれて負傷。小さいのになかなかの奴である。

と言うことで、車庫の隅に餌と寒さしのぎのダンボールを置いて、今日の捕獲作戦は終了。

さて、どうなるか。

加藤誠洋

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2010年3月 8日 (月)

長崎 現調 スパゲティー

6日

朝、走る。30分01秒

午前中事務所にて作業。

午後、リフォーム及び新築物件予定の現地調査。

今日は、長崎から、昨年生まれた赤ちゃんとともにいとこ夫婦が来訪。20代前半の若いカップル。

このたび、4月から転勤で最低3年間対馬に勤務するそうで、「なかなかくることが出来ないので」と、遠路はるばる茨城まで来てくれた。仕事柄(海上保安庁)危険が伴う厳しい職場だと思う。一見、やさ男っぽい”たかちゃん”が、よくやっていると感心する。

ところで”対馬”で反応したのが、ハブとオーナミくん。宮本常一と縁が深い地なので興味深々。特に勤務地が「対馬の北のほう」と聞いて、「事務所の研修旅行でどうでしょう」と提言される。

夕食は、そんなことで、大量のスパゲティ。トマトとツナ、イカ墨、カルボナーラ、ペペロンチーノの4種を合計800グラムの麺で作りワイワイ食べる。

7日

雨のため走らず

オーナミくん、模型作りのため出勤。黙々と集中して制作。今回は、明治期の或る南画家が暮らした家の模型を制作している。資料が乏しいのだが、きちんとした間取り図は残されていて、それを元に復元している。間取り図から画家の考えを想像したりして、なかなか勉強になる。こういった仕事を依頼してくれて本当にうれしく、ありがたく思う。

午後、イオン土浦にて、湖水浴展の展示について打ち合わせ。「カムバック湖水浴展」は4月1日~6日まで、イオン土浦1階のエココーナーで開催。

加藤誠洋

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2010年3月 7日 (日)

建築プロデュース(施工)会社って何?

”ぼくの「住宅設計」案内”で、まず述べておきたいことです。

ここ10年ほどの間に、「建築プロデュース」という会社が数多く誕生しました。

多くは、「建築家」を登録し、その会社が窓口になって宣伝をし、クライアントを集め、要望に沿ってコンペをし、クライアントが最も良いと思う案の「建築家」と家をつくる、所謂マッチングシステムです。

会社としてリスクが大きいなと思うのは、各建築家の能力を担保するのが難しいことです。そもそもわが国の制度にない「建築家」、(ほとんどが建築士の資格を持ってはいますが)建築士のように資格試験でもあれば簡単なのですが、それはありません。建築家協会では、登録建築家という制度を設けています。それをもって「建築家」であるといえるのかもしれませんが、(どのような試験をしたら良いかは判断できませんが)国の資格として認定されたわけではないのでその定義はあいまいなのです。そんなあいまいな「建築家」と言う”自称”肩書きを出し(利用して)会社経営をすること。

そこは、とりあえず「建築家」を建築士の有資格者を前提に登録させることで”担保”と言うことになるのでしょうね。

そんなことを前提に今回話をしたいのは、「そもそも僕たち設計者は誰のために仕事をするのか」という疑問です。

住宅に限っていえば、それは住まい手であり、住まい手を第一優先に進めていくために、僕たちの存在があります。

さて「建築プロデュース会社」です。僕たち設計者にとって突然現れたこのシステムは、あやふやな「建築家」の社会的認知には大変役に立ちました。しかし、その一方で考えなければならないことが多くあります。

まず第一に、僕たち設計者は「建築プロデュース会社」の元で、仕事をするということ。マッチングのみならまだしも、近年は、施工会社がプロデュース会社を兼ねていて、建てるのもプロデュース会社を元請けとする所も少なくはありません。プロデュース(施工)会社とすれば、「建築家」を宣伝塔とすることで、お客様の信頼を得られるし、何より会社のイメージアップとしてデザインのいい住宅を売りにすることができます。

そしてそれは結果的にプロデュース会社の元で仕事をもらい、会社内建築家として設計をすることにもなります。

「建築家」にクライアントを第一優先で守らねばならない大前提があったとしても、プロデュース会社の意向によって、その関係が捻じ曲げられてしまう危険性を孕んでいます。

意志の強い「建築家」は、そんなことをわかった上で、いい仕事をします。でも、意思の強くない僕は、施工先の決まっているプロデュース会社とこれまで仕事をしないことにしてきたし、今後もしないでしょう。以前、そのような会社からお話があったときも、理由を話し、丁重にお断りさせていただいています。

お互いがうまく利用して共存することは悪いとは思いません。そうしたい人はそうすればよい。最終的にそこを知った上で選ぶのはお客様なのだから。                                                        しかし、そもそも、大きな組織に属さず、個人と個人のつながりを大切に扱うためにこの仕事を選んだのに、なんで”クライアントのため”という最も大切なものを”担保”に仕事をしなければいけないのか、僕にはわからない。

このままでは、プロデュース会社にみんな取り込まれてしまい、自分の家を建てるときに、そのようなことに疑念を持つ人が、ぶつける先がなくなってしまいかねません。それならまだしも疑念すら起きない社会になって、個人設計者の方向性を変えてしまう危険性まで孕んでいます。

加藤誠洋

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2010年3月 6日 (土)

弥生 3月 梅の花

3月に入った。

近所の梅の木が赤と白の花をそれぞれ咲かせている。走っていても冷凍庫の中のような無味乾燥下した匂いから、土の匂いへと変わってきたのを感じる。

春なのだ。

春。3月から4月はじめにかけては、とにかくイベントごとが多い。娘の卒園式に入学式。専門学校の卒業式に入学式。友人の主催するトークショーのゲスト、毎年行なっている信楽ACTの参加、専門学校の修了制作のイオン土浦展示(カムバック湖水浴展)、20日より始まる地元博物館の企画展のための”展示模型制作の仕事”などなど。

せめてもの救いは、学校が春休みに入っていることで、おかげで、通常の仕事がかろうじて賄えているといった状況。

早朝ランニングも、陽が早く登り始めてきたので(実際には突然ではなくて、毎日、すこしづつ早まっているんだけど)より早い時間に走れるようになってきた。服装も日一日と薄着になってきました。

1日 

夜、中銀住人が来訪。極小最小限住居の構想を打ち合わせ。

2日

博物館で打ち合わせ後、津田ホールで行なわれた磯崎新講演会に行く。満員の会場のなか、壇上に座った磯崎の、1時間半喋りっぱなしのオーラにやられる。

3日

夕方、打ち合わせ。先日完成したデイサービスとは違うタイプのデイの相談。その後、秘密特訓。久しぶりだったので、立木のポーズでふらつく。

4日

午前中、歴史の道打ち合わせで宇都宮の岡田事務所へ。帰りに無印によってカラーペン購入。エスキスのおとも。使っているモレスキンのノートが残り少なくなってきたので、モレスキンノートを扱っている小山の書店で新しいモレスキンを買う。今度は小さいタイプにしてみた。

そのころ、下妻の法務局に行っていたハブは、法務局のパソコン不調のため書類入手できず、2往復の羽目に。デジタルはこんなこともある。

午後、博物館で打ち合わせ。

夜、保護者会役員として幼稚園謝恩会出し物をお父さん方とカラオケ店で練習。久しぶりすぎて、リモコンの場所もわからずみんなで苦笑い。

5日

珍しく1日事務所。夕方髪を切りに床屋に行く。行きはハブに送ってもらい、帰りは床屋から走って家に戻る。

加藤誠洋

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