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2009年7月15日 (水)

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15日

朝、30分ウォーキング。毎日の疲れが溜まってきたのか大腿四頭筋、大腿二頭筋、前頚骨筋が痛む。とにかく体に「動くこと」をなじませなければ走ることもできない。

ウエストを測ってみたら”メタボ”オーバー20ミリで少々動揺。ひと月前は一体何センチあったのか・・・。で、新兵器投入。お披露目は後日。

中銀住人に借りたブツをお返しにあがる。

さてさて、昨日の話の続き。幼少時代に住んでいた家は環七で分断された祖父母の屋敷の一部で、ウチはそこに家を建て住んでいたのだが、家のすぐ脇に古い離れのような住まいがあってそこを”物置”にしていた。畳敷きの薄暗い木造平屋の建物で、僕はそこが怖くてあまり立ち寄らなかった。引越しが決まって最後東京を離れる前日、家族は新しい住居のほうへ行ってしまい僕は友達が来るかもしれないので(結局誰も来なかったんだけど)一人家で留守番となった。誰もいない、人も来ない、ましてや家財道具もすべて運び出してしまった家はがらんどうで、本当に何もすることがなくて、今思い出しても「空虚」というのはあのような状態なんだなと思う。そんなときに僕はなぜか「あの場所」に向かいたたみに座ってボーっとしていたのだ。そのときはいつもと違って恐怖感はなくそれ以上にその場所だけ光が当たっているような暖かい空間に感じられて数時間留まっていた。

後年(いまから3~4年前)、そこは祖父の弟が間借りして住んでいたらしいこと。その弟は建築家を目指して早稲田で勉強をしていたこと。無念にも若くして亡くなったことなどを聞かされた。母などは僕が曲りなりにも世間様から”建築家”と呼ばれていることについて因縁めいた感慨を持ったそうである。今考えるとあのときの懐かしくて暖かい感じは”その人”が見守っていてくれていたのかも知れぬ。と、書くと少々オカルトチックになってしまうが、ようするに「人は一人では生きていけなくて、いつも誰かに助けてもらっている。たとえそれがあったことのない人でも」と思ったりしてみる。

加藤誠洋

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